「後継者がいないので、そろそろ会社の将来を考えたい」「同業他社を買収して事業拡大したい」——ドライバー不足や2024年問題を背景に、運送業界ではここ数年M&A・事業承継に関するご相談が増えています。
ただし運送業のM&Aには一般貨物自動車運送事業許可という国の許可が絡むため、一般的な会社売買と同じ感覚で進めると、思わぬところで手続きが止まってしまうことがあります。
この記事では「株式譲渡」と「事業譲渡(許可の譲渡譲受認可)」の違いと、審査で押さえておきたいポイントを解説します。
なぜ運送業のM&Aでは「許可の引き継ぎ方」が最大の論点になるのか
貨物自動車運送事業法第30条により、一般貨物自動車運送事業者が事業の譲渡及び譲受、合併及び分割を行う場合は、国土交通大臣(実務上は各地方運輸局長)の認可を受けなければその効力を生じないとされています。
許可は事業者そのものに紐づいたものであり、物やサービスのように自由に売買できるものではない、という点が、通常の株式会社の売買(小売業や製造業のM&A)との大きな違いです。この許可の引き継ぎ方を見誤ると、最悪の場合、譲受後に緑ナンバーでの運行ができなくなるリスクも理論上は生じます。
民間調査によれば、物流会社を譲渡企業とする2025年のM&A件数は113件超と過去最多を記録したとされ、AZ-COM丸和ホールディングスによる樋口物流サービスの完全子会社化(2026年5月公表)、丸運による中村運輸機工のグループ会社化(2025年3月)など、売上規模数億円から百億円超まで幅広い事例が相次いでいます。
背景には経営者の高齢化と後継者不在、慢性的なドライバー不足という構造的な要因があり、今後も高水準のM&A動向が続くとみられています。
参考サイト:e-Gov 法令検索 貨物自動車運送事業法
参考サイト: 物流業界のM&A・再編の動向|件数・高く売る方法・譲渡事例を解説 | M&A仲介会社なら、みつきコンサルティング
「株式譲渡」なら国交省の認可は原則不要——ただし見落としがちな落とし穴
株式譲渡は、会社の株主が入れ替わるだけで許可を受けている法人格そのものは変わらないため、国土交通省への新たな認可申請は原則として不要とされています。この手続きの軽さが、運送業M&Aで株式譲渡スキームが選ばれやすい理由の一つです。
ただし、実務上ここで終わらせてはいけません。M&Aに伴って以下のような変更が生じる場合には、別途「事業計画変更認可申請」や届出が必要になります。
役員の交代
運送業を担当する常勤役員が交代する場合、変更内容によって認可申請または届出が必要になります。
運行管理者・整備管理者の交代
旧オーナーの退任にあわせて両資格者が同時に退職してしまうケースがあり、選任義務違反につながる可能性があるため特に注意が必要です。
商号(社名)の変更
社名変更は許可証の記載事項変更届が必要です。
営業所・車庫・休憩睡眠施設の変更
拠点の移転や統廃合を伴う場合は、変更内容に応じて認可または届出が必要です。
審査官目線で言えば、株式譲渡自体は認可不要でも、譲渡と同時に運行管理者が退職してしまうと選任義務を満たせなくなり、巡回指導や監査で指摘を受ける可能性があります。
実務上、運輸支局への届出には期限が定められている変更事項もあるため、契約締結(クロージング)前の段階で、運行管理体制を継続できるかどうかを確認しておくことが重要です。
「事業譲渡(譲渡譲受認可)」を選ぶ場合の審査実務
会社そのものではなく、車両や営業所といった事業(営業権)を切り出して承継させたい場合には、「譲渡譲受認可」を運輸局に申請します。
この認可基準は新規許可申請の基準(人・物・金)がほぼそのまま準用されるため、譲受人となる会社も営業所・車庫・休憩睡眠施設の要件、資金要件(所要資金の6か月分相当額を自己資金として保有していることの証明等)を新規許可と同様にクリアする必要があるとされています。
意外と知られていない点として、譲渡譲受であっても、譲受人側の運送業担当役員に対する法令試験の受験義務は免除されません。運輸支局が実施する法令試験(正誤式・択一式で出題され、7割以上の正解が合格の目安とされています)に改めて合格する必要があり、「看板だけ引き継げば済む」わけではない点は見落とされがちです。
標準処理期間についても、新規許可申請が3〜5か月程度とされるのに対し、譲渡譲受認可は実務上2〜3か月程度とやや短縮される傾向にあるとされていますが、これは営業所・車庫等の物的要件が既に現存し検証しやすいためであり、人的要件(欠格事由の有無、法令試験合格)の審査密度は新規と変わらない点は押さえておきたいところです。
| 比較項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡(譲渡譲受認可) |
|---|---|---|
| 国交省の認可 | 原則不要(変更内容により届出等は必要) | 必要(新規許可に準じた審査) |
| 標準処理期間の目安 | 変更手続きの内容によって異なる | 実務上2〜3か月程度とされる |
| 法令試験 | 役員変更がなければ原則不要 | 譲受人側役員の受験・合格が必要 |
| 資金要件の審査 | 原則対象外 | 新規許可同様に審査される |
M&Aを成功させるためのデューデリジェンス(事前調査)の視点
運送業のM&Aでは、財務内容だけでなく「法令遵守体制」の精査が将来のリスクを左右します。具体的には、以下のような点を交渉の初期段階から確認しておくことが望ましいとされています。
巡回指導評価
直近の巡回指導評価(A〜E)と、指摘事項に対する是正状況を確認します。
監査歴・行政処分歴
過去の監査歴や行政処分歴の有無は、譲渡譲受認可の審査における欠格事由の判断にも影響し得ます。
労務管理の状況
改善基準告示(拘束時間・休息期間)の遵守状況、乗務員台帳や点呼記録の整備状況を確認します。
運行管理体制の継続性
運行管理者・整備管理者の年齢構成や、譲渡後も継続して勤務する意思があるかを確認します。
巡回指導でC評価以下だった場合や行政処分歴がある場合、譲渡譲受認可の審査でも事業遂行能力の観点から慎重に見られる可能性があるため、これらは価格交渉だけでなく、スキーム選択そのものにも影響し得る要素といえます。
行政書士法人シフトアップに相談するメリット
代表の川合智は、トラック運送会社に12年間勤務した経験を持ち、著書に『トラック運送業の運輸局監査対策』『行政書士のための運送業許可申請のはじめ方』があるなど、現場実務と許認可手続きの両方に精通しています。
年間860件を超えるご相談実績があり、依頼者の4件に1件は他の行政書士からの乗り換えというのも特徴です。愛知・岐阜・三重の東海三県を中心に、沖縄や北海道からのご依頼実績もあるなど全国対応しており、株式譲渡・事業譲渡いずれのスキームについても、許可要件の確認から法令試験対策、事業計画変更認可申請まで一貫してサポートしています。
まとめ
運送業のM&Aは、株式譲渡か事業譲渡かによって必要な手続き・審査期間・注意点が大きく異なります。株式譲渡は認可不要というメリットがある一方、役員や運行管理者の交代に伴う事業計画変更手続きを見落としやすく、事業譲渡(譲渡譲受認可)は新規許可に準じた審査を受けるため、法令試験や資金要件への準備が欠かせません。
いずれの場合も、契約締結前に許認可面での実現可能性を確認しておくことが、M&Aを成功させる鍵になります。個別の状況によって最適なスキームは異なりますので、詳細は専門家にご確認ください。
